イスラエルに行くからには絶対にパレスチナを訪れてみたいと思っていました。
メディアでは色々な問題がとりだたされており、実際にはどのようなところなのだろうかと目で見て肌で感じたいと思っていました。
外務省の安全ページにてベツレヘムはエルサレムと同じレベル1だったので問題がないと解釈し行くことにしました。
行き方はこちらのページにて記載をしましたが、エルサレムからアラブバス231番で40分くらいでした。
キリスト教徒にとって特別な場所ベツレヘム
ベツレヘムはキリスト教徒にとってとても神聖な場所になります。
それはイエスが生まれた地であるからです。
そして街中にはイエスにまつわるスポットがいくつかあります。
そのためキリスト教徒の団体が聖地巡礼をしていくのを見かけました。
繁華街では見かけなかったのでスポットだけを転々と回っているように見受けられました。
ここはパレスチナ自治区でムスリムの人々が生活をしているということもあるからかと思われます。
すなわち現地の人たちが生活をするところには行っていないように見受けられました。
自分にとってはむしろそちらに興味がったあったので街中を歩いて見て回りました。
ちなみに、この街にはバンクシーという画家が街中に難民キャンプの状況を皮肉った絵をいくつか残しています。
自分はどこにあるのか調べずに行ってしまったのと、それよりも地元の人々の生活に興味があったので絵を見に行くことはやめました。
次回機会があったら見たいと思っています。
因みに、バンクシーツアーに連れて行くよというタクシードライバーが沢山現れます。
80シェケルと言っていましたが、きっと高いと思います。
バンクシーのコピー(バンクシーショップにて)
最近の旅では特に何も調べずに現地に行って歩いて情報収集をすることが多くなっています。
ガイドブックも持っていかなかったりします。
旅の目的によって違うと思いますが、ガイドブックに載っている観光名所をただ見て回るだけの旅に満足できなくなってしまったからかもしれません。
エルサレムについては予め調べていましたが、ベツレヘムはそんな感じで来てしまいました。
GPSで大体の位置を確認し、より多くの人が歩いて行く方向に自分も歩いていきます。
その方がガイドブックには載っていない色々な発見があって面白かったりします。
時には観光客が全くいないところで英語が通じなかったりしますが、それはそれで地元の雰囲気が感じられて面白かったりします。
ベツレヘムを歩いてみて
小さくて素朴で安全な街だなというのが第一印象です。
メインの通りには様々なショップがあって人々が行き交っていましたが、エルサレムと比べてしまうと街の活気が全然違うなという感じでした。
ラマダンのためかカフェやレストランで食事をする人はもちろんいませんでした。
市場でも試食をする人は見かけませんでしたが、日没後の夕食の買い出しをする人達が詰め掛けていました。
この辺りは全くもって観光客を見ませんでした。
インフォメーションセンターの近くには教会やイエスにゆかりのスポットがいくつかあって、いくつかの団体がツアーで来ていました。
これらのスポットは結構近くに密集しており一通り歩いて回るのに時間はかかりませんでした。
イエスが生まれたと伝えられている場所には聖誕教会があり、多くのキリスト教徒が巡礼しに来ています。
様々なメッセージが書かれています。
ベツレヘムには難民キャンプがあり、イスラエルとのボーダーの近くには高く永遠と続く壁を見ることができます。
その壁には様々なペインティングが描かれており、イスラエルやアメリカに対する批判が多いように感じました。
中に入れるところがあるかと壁沿いを歩いて回ったのですが入り口は見つからず、イスラエル側に入ったら何かあるかと検問所に来てみました。
結構な数の人達が列を作っていて時間がかかりそうだなと思い、列の人達に聞いてみました。
そしたらボーダーを超えてもないと言われたので戻ることにしました。
車専用の検問所があったのでそこを通れるかイスラエルの兵士に聞いたら、ここはダメだと言われました。
ちなみに来た方向に戻ろうとすると一方通行のゲートの先が閉まっていて、その中に閉じ込められてしまったのでそういう仕組みになっているようです。
運よく歩いていた人が開けてくれて助かりましたが一瞬どうなるんだろうと思ってしまいました。
その後、色々な人に聞いて回ったのですが、どうやら事前に連絡を取らないと難民キャンプへは入れないようでした。
結局、ボーダーを一度超えるしか道がないことがわかり、列を待ってボーダーを超えました。
前に並んでいた人達を見るとパスポートではなくA4サイズくらいの一枚ペラの紙を見せていました。人によっては小さなカードも一緒に見せていました。
スタッフがいる場所は窓口がないので直接手渡しはできずガラス越しにその紙を見せるといった感じでした。人によっては1分ほど時間がかかっている人もいました。
自分はガラスにパスポートの写真のページを見せてすんなり通過することができました。
もちろんスタンプなども押されませんでした。
結局、すぐにパレスチナ側に戻ることにしました。
その方向に行く人は自分の他に1人だけいました。
通路を歩いて行くとゲートなどはあるのですが、検問所はありませんでした。
つまりバスと同様でイスラエル側からパレスチナ側へ渡るのに検問は一切ありません。
ベツレヘムではアメリカのドルを使うことが出来るお土産屋やミニマーケットなどが結構あったりします。
あれだけアメリカの行動に対して不満を持っているはずなのに少々不思議な気もしますが、パレスチナは独自の通貨を持っておらずイスラエルのお金シェケルを使用しているということもあるかもしれません。
パレスチナの銀行があることは確認ができました。
パレスチナと聞いてものすごく悲惨なところなのかと想像をしていましたが、少なくてもこのベツレヘムはそうではなさそうでした。
街中にイスラエル兵士を見ることはありませんでしたし、ヘブライ語も見かけませんでした。
つまりパレスチナ自治区であることが感じられました。
人々は皆優しくしてくれカメラを向けるとスマイルを見せてくれました。
ベツレヘムの街中に住む人たちとベツレヘムの難民キャンプに住む人たちとではまた違う立場にあると思います。
そして全ての人ではなく許可証を与えられた人だけかもしれませんが、ベツレヘムの街中に住む人たちもボーダーを超えてイスラエル側に行くことが出来るということが分かりました。
写真で見るベツレヘム
壁の近くにはいたるところにこのような絵が描かれていました。
Hummus(フムス)とは中東地域を代表するひよこ豆をベースにしたペースト状の食べ物です。
つまり「壁ではなくてフムスを作れ」という皮肉を込めたメッセージです。
ウォールストリートとは随分皮肉な通りの名です。
ベツレヘムのインフォメーションセンター
パレスチナの人々はイスラエルとの間に物凄い問題を抱え、コントロールされていますが、街の中では危険を感じることは一切なくのんびりとした雰囲気もありました。
ラマダンの時期だったということもあるのでしょうか。
ヒジャブもステキに見えてきます。
ヒジャブを着けていない女性も少々見ました。
さすがにマネキンは着けていないですね。
本当かどうかわかりませんがスターバックスコーヒーがありました。
写真に写っている人に話を聞いたら、ガイドをしているとのことでした。
パレスチナに入るとアラビア語と英語の表記でヘブライ語は見られなくなります。
両替所や薬局など英語表記が思ったよりも数多くあります。
イエスはこの街でユダヤ教徒として生まれ、キリスト教の創始者で、今はイスラム教徒が住んでいるという状況です。
しかし、ここにはユダヤ教とイスラム教の聖地がないため大きな問題になっていないのかと考えられます。
次回はパレスチナ自治区のヘブロンです。
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